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庄司喜美代さん

庄司喜美代さん 第8期(2022年10月)受講生

 シリーズ第1弾は、企業に勤務しながら社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー、キャリアコンサルタントの資格を持ち、多方面で活躍されている庄司喜美代さん。
定年を来年3月に迎えるにあたり、継続雇用を選択して副業するか、あるいは退職して開業するか、迷いながらも今できることに取り組んでいると言います。庄司さんのこれまでのキャリアと次のステージについてお話をうかがいました。

— 庄司さんのお話を伺えるのをとても楽しみにしていました。山登りやマラソン大会への出場など健康的な魅力あふれる庄司さんですが、日頃から体を鍛えていらっしゃるのですか?

庄司さん:山登りの体力づくりのために走ったりジムで筋トレをしたりしています。夏は日の出とともに、他の季節は昼や夜に1時間ほど走るのが日課。走っていると、仕事や生活のモヤモヤを忘れ、解決策をひらめくこともあり、すっきりしますね。

■ 労働組合への出向を機にファイナンシャルプランナーの資格を取得

— それでは本日の本題、庄司さんのキャリアの軌跡を伺っていきたいと思います。庄司さんは企業にお勤めされながら、様々な資格をお持ちですね。まず、ファイナンシャルプランナーの資格をとられたきっかけを教えていただけますか?

庄司さん:今の会社には20歳の時に入社しました。その後、結婚し、長男を出産、育児休業を取りました。復職する際、労働組合に出向することになり、専従の職員になりました。労働組合では、会計や福利厚生の仕事をしていました。保険や年金など、お金に関する仕事をしているうちに面白くなり、もっと勉強したいと思うようになりました。お金のことは、同僚や友達同士でもなかなか気軽に話せないし、誰も教えてくれません。知っていたら得だけど、知らなかったから損することも多いですよね。当時、「夫が亡くなったら妻は遺族年金をもらえるけれど、妻が亡くなったら夫はもらえない。」と聞いて驚きました。なぜ?不公平だとモヤモヤするとともに、もっと年金について勉強しなければと思ったことが、資格を取ったきっかけです。なお現在は、妻が亡くなっても夫が遺族年金をもらえるように改正されています。

— ファイナンシャルプランナーとしてどのような仕事をされていたのですか?

庄司さん当時、日本の経済状況は厳しく賃金は上がらず、リーマンショックの影響もあり家計が厳しい時期でした。労働組合は、労使交渉以前に、組合員である社員の生活を守る必要がありました。給料は上がらないので節約するしかありません。家計を守るためには、生命保険の見直しや、老後のことを考えたり、年金の勉強をしたりする必要があります。そうした背景から、労働組合でライフデザインセミナーを実施することになり、企画からテキスト作り、セミナーの講師を担当しました。

— 現在の庄司さんにつながっていきますね。

庄司さん:これこそが私のやりたかった仕事だと思いました。やっと自分の本分に巡り合えたようでとても楽しく仕事をしていました。ずっと労働組合でその仕事をやりたかったのですが・・・


■ 人事部への異動を機に社会保険労務士の資格を取得

何があったのでしょうか?

庄司さん:出向から3年が経ったということで、人事部に異動を命じられました。当時は厚生年金基金が続々と解散し、新たに企業年金の導入を進めていた時期でした。人事部では、厚生年金基金の解散と企業年金の立ち上げを担当しました。立ち上げが軌道に乗り、社会保険の仕事をしていたのですが、厚生年金や健康保険の手続きなど、ファイナンシャルプランナーの知識だけでは足りなくなってきました。それなら社会保険労務士の勉強をしようと思い立ちました。

— 社会保険労務士の試験はとても難易度が高いと聞きます。どれくらい勉強されたのですか?

庄司さん:3年かかりました。2人目の子が3歳の時に勉強を始めてからは、専門学校に通っている間は子供を母に預けたり、家族との時間も我慢しました。資格を取り、やっとこれから!と思ったところで、また人事異動が・・・。新しい工場の立ち上げのため転勤することになりました。


■ 資格を活かしたい!と社会保険労務士の受験講座の講師になる

— これからというときに、転勤になってしまったのですね。

庄司さん:会社に「社会保険労務士の資格を取ったんですけど」と言ったら、「それは後輩のためになるね」と言われて・・・。とても凹みましたね。工場に転勤してからは、毎日昼休みに中庭で一人シクシクして、会社を辞めようかと思いました。会社を辞めて開業することも考えましたが、生活のこともありますし、会社自体は好きだけれどやりたいことはできないと悶々とした日々を送っていました。このままでは精神的にもまずいと思い、社会保険労務士の資格を活かしたいと、受験講座の講師をすることにしました。

— 受験講座の講師になられたとはすごいですね。何かきっかけがあったのですか?

庄司さん:受講していた受験講座の合格祝賀会で合格者代表としてスピーチをしたことです。スピーチを聞いていた受験講座の講師から、「講師をやってみないか」と声をかけてもらいました。その講師から後で聞いた話ですが、私が合格して嬉しくて調子にのって話しているのを聞いて、講師に向いていると思われたそうです。

— 平日は会社に勤務しながら、週末に受験講座の講師をされてきたのですね。ご家族の協力はありましたか?

庄司さん:講師の仕事は出張もあり、泊りで留守にすることもありましたが、近くに住む実家の母に子どもをみてもらったり、夫も協力的でした。夫は、やりたいことをやらせないと機嫌が悪くなるだろうから、機嫌がよければいいと思っているようでした。

■ セカンドキャリアへの準備、ネクストストーリーが始まろうとしている

— 受験講座の講師を務めたことが今につながっているのですか?

庄司さん:受験講座の講師はコロナ禍で対面講義ができなくなり辞めました。これまで会社でのキャリアに悩み続けてきたこともあり、セカンドキャリアコンサルタントの資格を取得したりしている間に、定年が近づき、今につながっています。まだ迷いもありますが、定年後は開業を考えていて、今は準備中です。

どんな事業をされたいのですか?

庄司さん:従業員が高齢になっても自分らしく安心して長く働き続けられる会社づくりの支援をすることです。高齢者という言い方はあまり好きではありませんが・・・70歳、75歳になっても働き続けられるような会社にしようと努力している事業主の支援をすることで、そこで働く人たちが生き生きと自分らしく、無理をせずに仕事ができるようなになってほしいと思います。高齢になっても働ける職場を創る会社と、そこで働く人の両方を支援していきたいと考えています。

— 開業の準備としてどんなことをされていますか?

庄司さん先生業のマーケティングを勉強する塾で集客の方法を学んだり、京都の女性起業家を支援する研修に参加して事業計画を策定するなどしています。ホームページを作る準備もしています。社会保険労務士やファイナンシャルプランナーの研修会などに参加して人脈作りも進めています。

— 企業が顧客を開拓するのも大変ですが、自分でゼロから集客というのは本当に大変ですよね。起業塾や研修会などで人脈を広げながら、人と人がつながってお仕事にもつながっていくといいですね。庄司さんのお話を伺って、せっかくこれからというときに転勤でキャリアを中断されたりしても、また次のチャンスにつなげているのが印象的でした。邪魔が入っても腐らずに、次にまた面白いと思えることを見出せるのはなぜなのでしょうか?

庄司さん:いやいや、発酵するくらいまで腐っていましたよ(笑)。ただ、私はやはり勉強することが好きなのです。勉強して、学んだことを人に伝えて、人に喜んでもらうことが好きだから頑張れるのだと思います。

— 共感します。大変でも頑張れるのは、自分が好きなことだからと思います。自分が好きなことは、どのように見つけられたのでしょうか?

庄司さん:先生業のマーケティングを勉強する塾で、「自分を見つけるための25の質問」に答えるという課題があって、その答えを3万文字書いたことが役に立ちました。3万文字というとちょっとした短編小説くらいの分量で、なかなか大変な作業でしたが、小学校の国語の音読が好きだっこと、人に話すことが好きと思えたきっかけなどを思い出すことができました。

— 勉強が苦にならず人に教えて喜んでもらえるのが好きだという庄司さんの好きと強みを、セカンドキャリアで活かされようとしているのが素晴らしいと思います。最後に、次のキャリアに迷っている人にアドバイスをお願いします。

庄司さん:分がいる世界を広げていくことが大事だと思います。開業の準備のなかで、会社の外での人とのつながりの大切さを実感しています。会社を辞めてからでは遅くて、会社にいる間に、いろいろなコミュニティに飛び込んでみるとよいと思います。

— 今日は庄司さんのキャリアの軌跡と今後の展望をお聞かせいただき、次の一歩へ踏み出す勇気とたくさんのヒントをいただきました。ありがとうございました。


転機を迎えるたびに新しいことに興味をもち、面白そうと学びながら、キャリアの幅を広げてきた庄司さん。楽しみながら新しいことを習得し、最後は自分のものになるまでやり抜く姿が印象的でした。「勉強して、学んだことを人に伝えて、人に喜んでもらうことが好きで、それがあるから頑張れる」、そんな庄司さんのセカンドキャリアのプランには、ご自身の強みと好きがたくさん詰まっていて、これから始まるネクストストーリーが今から楽しみでしかたがありません。

(2023年6月22日)  インタビューは、マチュアの会コンテンツチームの伊勢山ゆかり(5期生)が実施しました。