介護事例2:親を施設に入れるということ

義理の父が亡くなったのは、脳梗塞の発作があってから半年余りの、あっという間の出来事でした。当時、義母は71歳。まだまだ元気でしたが地方の広い家に一人で暮らすのは心細いと小型犬を飼いかわいがっていました。

長男である主人と弟夫婦は首都圏ぐらし。年に数回子供たちを連れて帰省するのが恒例で、義父が亡くなってからも、主人の帰省の頻度は少し増えたものの、基本的な生活スタイルには特に変化はありませんでした。義母の住む家から高速道路を使って車で1時間ほどのところに主人の妹夫婦がいたので、時々、様子を見に行って話し相手になっていたようです。

ところが義父が亡くなって3年ほどした頃から義母の様子がおかしくなっていきました。転んであちこち怪我をすることが頻繁におこるようになったのです。「最初は高齢なんだから気をつけて」で済んでいたのが、だんだんそれでは済まなくなってきました。

本人もおかしいと思ったのでしょう。自分で病院に行き、検査を重ねてパーキンソン病の診断を受けました。パーキンソン病は神経細胞の異常のために体の動きに障害があらわれる病気で、病気の進行とともに転ぶ回数が増えていきました。しかも、よろよろと転ぶのではなく、まるで誰かに足をすくわれたようにバタンと倒れてしまいます。倒れたはずみか壁には大きな穴が開き、頭を打つと危険なのでヘルメットのような帽子を室内でも被って過ごす日々でした。

一人住まいの年寄は悪徳商法にすぐひっかかるといわれますが、まさに義母もひっかかり弁護士に相談するような状況になりました。さすがにこのような状況でひとりにしてはおけないと、義妹が愛犬とともに自宅に引き取りデイケアに世話をお願いしました。朝迎えに来て昼食が出て、各種のアクティビティで一日を過ごして夕方家へ連れて来てくれるしくみです。

最初のうちは良かったのですが、義妹も仕事をしており、仕事が忙しくて帰りが遅くなることもあり、どうしても義母一人の時間が生まれてしまいます。転倒危険があり危ないとのことになりました。義母自身もこれを認識して、いよいよ回りに迷惑を掛けまいと地元の介護施設へ移ることを考え始め、資料を集めたりしていました。

義妹からこのことを聞いた主人は、世話を妹だけに押し付け続けることもできないと自宅に引き取る話を持ち出したそうです。私には一切相談がありませんでした。きっと主人は自分で介護するつもりだったのでしょう。けれど当時は主人も会社勤めで私も仕事をしており、学生の息子も含めそれぞれの生活があり、自宅介護では家族の関係がおかしくなるからと、義弟が反対し、結果、主人と義弟が容易に通える施設に入れることになりました。。

「ふ~ん、お金で解決することに決めたんだ」と、それが一番正解とは思いつつも、意外にドライなんだなと思ったのを覚えています。けれども、もし、本当に自宅で介護することになったら、嫁の立場である私が関わらないわけにはいかない。申し訳けないけれど、私にはきっと耐えられなかったかもしれません。遅かれ早かれ施設のお世話になっていたことでしょう。

こんなとき、感情だけでなく冷静に状況を整理することが必要です。愛する親を施設に入れるということに抵抗を感じる人も多いかもしれませんが、自分の親は自分で介護するべきなんて無責任な意見は介護の大変さを知らない人の台詞です。介護のために自分の生活が崩壊しては元も子もありません。将来、自分が介護される身になることを今から少しづつ意識しておくことも必要だなと、つくづく思います。

幸い義母には義父の残した遺産や遺族年金があり、介護施設に入れることに金銭的負担はなかったようです。

施設に入れることが決まってからは主人とふたりで施設を見学して歩きました。なんとなく暗い感じの施設もある中、我が家の近くで陽光の降り注ぐ明るい施設に入所が決まり、本人を呼び寄せたのは義母が79歳の時でした。

若いスタッフがたいへんよくしてくださり、下の世話はもちろんのこと、意思疎通が難しくなった方たちにも根気よく応対している姿は頭がさがるほどでした。

結局、その施設には7年お世話になり、義母は86歳で義父のもとへ旅立ちました。最後の2年は寝たきりでした。