ぼーっと生きていくのは …… ?

先輩インタビュー:0009 その他:織物工房経営

大場 尚子(おおば なおこ)さん

織物工房 nappy 主宰

■ 今は何をしてらっしゃいますか? 現在のお仕事を教えてください。 

佐渡の自宅で「織りもの」の工房を設けています。「裂き織り」と呼ばれる織物が中心ですが、糸だけの織物もしています。

「裂き織り」は、古くから佐渡や新潟・福井だけでなく、信州や東北地方などに広く伝わる伝統工芸で、裂いた布を「ねばり機(ばた)」と呼ばれる機織機で昔ながらの工法で織っていくものです。

今は伝統を大切にしつつ、自分なりの工法で織りものをしています。

■ 退職前はどんな仕事をされていましたか?

教員をしていました。高校まで佐渡で暮らしていたのですが、小さな頃から音楽に親しみ、高校時代はピアノやソルフェージュを習うためにカーフェリーで片道2時間半かけ新潟まで通い、東京音大に進んで音楽の先生になりました。

と言っても、もともと教員になりたかったわけではありません。ただ、佐渡には帰りたくない、かと言って音楽家として身を立てるほどの力はなく、「先生にでも」という甘い気持ちで教員採用試験を受けました。しかし結果は不採用、最初は産休補助教員からのスタートでした。

でもその期間の経験があったからこそ正規の職員となり、公立の中学校で24年間充実した日々を送ることができました。

残り10年間は、養護学校に希望を出し3年間勤務しながら研修を積み、その後公立中学校の特別支援学級に戻り、一人ひとりに適した学習を模索しながら仕事に励みました。

■ 仕事を辞めたのはいつですか?

58歳の時です。夫も佐渡の出身で、義理の母が佐渡の古い農家で一人暮らしをしていてひとりにしておくのが心配な状況でした。自分の教員生活を振り返ってみて悔いはないなと思い決断しました。義理の母の世話がなかったら定年まで勤めていたとは思います。

■ 安定した収入を捨てた理由は?

直接のきっかけは義理の母の世話でしたが、「もういいかな」という想いと、古い家を退職金で私の好きなように建て替えていいと言われ、それを交換条件に仕事を辞めて佐渡に帰る決断をしました。

■ なぜ、今の道を選んだのでしょうか?

以前勤務した養護学校に職業訓練としての織物があり、それが織りものとの出会いです。

作品3

毎年、夏と冬は佐渡に帰省していたのですが、佐渡に戻ると決めた年、佐渡で「裂き織り工房」の看板を偶然に見かけ訪ねてみました。その時、引越しが済んでからいらっしゃいと言われ、その年の12月に引越して翌1月に再度訪ねました。その時から丁寧に指導して頂き、織り機も注文しました。

佐渡に戻っても最初は義理の母とふたりきりの生活で、正直言って毎日息が詰まる思いで一日中庭いじりに没頭したりしていましたが、「裂き織り」にだんだん魅了されていきました。

畑仕事も楽しかったですが、この織物を作り出すことが楽しくて2年間先生のところへ通い続けました。表参道にある新潟のアンテナショップに作品を出したり、先生の手伝いをしているうちに、もっと自由にやりたくなって、夫が佐渡に戻ったのを機会に独立しました。

■ セカンドキャリアの準備を始めたのはいつ頃ですか? 考え始めたのはいつ? 

特に意識して準備をしたということではなく、偶然、軽い気持ちで始めたことが、今につながったということでしょうか。

■ これまでに試行錯誤や苦労した時はありましたか?

試行錯誤はいろいろありましたが、苦労ということは特にありません。性格的に嫌なことはすぐ忘れてしまうたちなので。
いろいろあっても「考えても仕方ない」と現実を受け入れるようにしてきました。

■ 今、抱えている問題などあれば教えてください

義理の母は今年亡くなり、もう介護の必要もなくなりました。今は母が使っていた部屋を工房にして好きなように使わせていただいていますので、特に問題はありません。

■ 今の生活に満足していますか?

けっこう毎日忙しくて、楽しい日々を過ごしています。

佐渡にあるおしゃれな雑貨屋に一年も待って、やっと昨年4月から作品を置けるようになりました。また10月からは今年できたホテルの売店にも置かせてもらっています。

織物の仕事だけでなく、「市報佐渡」という佐渡の広報誌の音訳(※視覚に障害のある方のために、内容を音声にして伝えること)のボランティアをしたり、ヨガや合唱など趣味も充実しています。

■ 後輩にアドバイスするとしたら?

生き方は人それぞれです。でも、「生きる力」を失わない。そういう心持ちが大事だと思います。

■ 今後の展望についてお聞かせください。

とりあえずは今の生活を楽しみたいと思っています。近所の人たちを呼んでテラスでみんなと仲良く食事をしたりする時間を楽しんでいます。

織物は今は頼まれたことをこなすので手一杯ですが、ゆとりができたら質を高めたいと思っています。

いろいろな人に使ってもらえたら嬉しいですね。織りものは飾るのではなく使えば使うほどその魅力がわかると思います。昔は古くなった着物を裂いて作っていたものですが、私は明るい色柄の新しい布や糸で織っています。また、織り布は切っていないので、使いきったら縫い目をほどき、敷物にするなどリサイクルが可能です。

■ 最後に、働くということは貴女にとってどういう意味を持っていますか?なぜ、働いているのでしょうか?

「働かざる者、食うべからず」という言葉がありますが、じっとしていられない性分です。何かをして生活していきたい。「生きがい」とかではなく、「働くとは生活そのもの」だと思っています。

働かなくてもいいという環境に自らを置きたくない、あくせくしなくても生きて行けるけれど、何もしないで生きていくのは勿体ない。生きている以上何かをしていたい。人の役に立ちたいとか、大それたことではなく、自分のやりたいことをやって、それが人に喜んでもらえるのがいいですね。

大学出たら働くのは当たり前、自立したかったです。

結婚して子供もおりますが、いつ別れても生活できるようにしておきたいと思いました。それが支えでしたね。おかげ様で、そんな事態には陥ることはありませんでしたが(笑)

■ 編集後記

大場さんの第一印象は、柔らかなお人柄が全面に出ているソフトで優しそうな方でした。一見、どこかの奥さん、だれかのお母さんといった印象で「働く」こととは距離があるような感じの方でした。

けれど、お話しを伺っているうちに芯に秘めた強さがにじみ出てくるようで、「何もしないでいるのは嫌」 とはっきりおっしゃる姿は、大場さんの作品のようにどこか力強さを感じさせるものでした。

気負わず自然体で、それでいて「働くとは生活そのもの」とのお言葉は、ズシンと響くものがありました。 (2018年8月24日)